わたしはいい子。

アダルトチルドレンの30代独身女の雑記

カウンセリングというものへの世間の印象・偏見

日本はカウンセリングによる治療というものに、非常に遅れを取っている。

 

海外の映画では、よく自助グループやカウンセリングとあうものが取り上げられているが、日本は困ってもそこに行きつく人は少ない。

 

かくいう私もそうだった。

だが、小さな頃から形成された考え方は投薬治療だけではとうてい治ることはない。

たまたま、いのちの電話で国から受けられたので、受けると自身の病気のこと、家族のことをきづきのタイミングを得ることができた。

 

私は毒親というワードがやはり差別的、排他的で嫌いなのであまり使いたくないが、そういう毒親本にも、書いているが、自身が年老いて、既に親が他界してからきづきを得る事もあれば、知らずに一生を終える人も多い。

 

私もそこまでよく考えずにカウンセリングで色々立ち直ってきた、考え方が変わったというと、

「それやばくない?(笑)洗脳されてるやん。」や、

「え、何々?宗教にハマったん?」

など、良くないイメージでとらえられる。

 

洗脳というものはこの世にたくさんあふれている。例えば企業広告のCMや駅看板などだ。楽しい映画やアニメ、ゲームなどのコンテンツでさえ、どうやったら人は継続して利用するかという心理操作がなされた洗脳である。

 

そして宗教。

こちらはセンシティブな話になるので、あまり詳しく調べない限りは、オウム真理教が起こしたテロや、ビンラディンの911などで、悪しきイメージが強い、なので極端に攻撃性の高いカルトなどが先に頭に思い浮かぶようだ。

クリスマス、ハロウィン、神式、キリスト式、葬式、正月。全て人の大イベントは宗教と密接に繋がっている。

 

なんとなく、生きて、なんとなく軽く入ってきた情報を間に受けて、深く追求しないとこういう考え方になるのだが、日本人は仕事で忙しいので、致し方ないのだろう。

 

私自身も宗教学や神話、宗教にまつわるクリエイティブは好きだが、人は死んだら「終わり」だと思っている。100人いれば100通りの考えがあるので、それがおかしいなどとは思わない。人は人だから。

 

私の考えはカウンセリングというものが日本では重きを置いておらず、投薬治療メインなので、根本的な治療が出来ておらず、社会に立ちもどれる人が少ないのが懸念だ。

 

何故、カウンセリングが権威ある治療ではないのかわからない。保険適用にして、もっと臨床紳士によるカウンセラーを増やして欲しい。

 

今年、民間資格の「臨床心理士」と別に、国家資格の「公認心理師」という資格が出来た。

この2つが最も心理学において権威ある資格である。

 

私のカウンセリングをしてくれている臨床心理士の女性は、常駐ではなく、非常勤で学校のスクールカウンセラー、子供の10ヶ月検診などでカウンセリングをしたり、心理判定をする仕事をかけもちしている。

 

心療内科医、精神科医はカウンセリングはしないが、(臨床心理士の資格があればするが)医療でアプローチするので問診をして投薬をするのがメインである。

 

臨床心理士は心理検査、心理療法(箱庭療法、アートセラピーなど)、カウンセリングなどである。

 

実際、問診をして投薬は10分くらいで終わるが、カウンセリングとなると、60分1人の対応をするのでやはり効率は悪い、それが全部保険適用で利用する人が増えると、困るという側面もあるのだろう。

 

ただ、やっかいなのが、

心療内科医、精神科医は医師免許がないと出来ない。

カウンセラーは誰でも出来る。ただの相談だから。

ここで、カウンセリングというものの、捉え方が変わるのだ。

悪い言い方をすると、良くないカウンセリングが横行してしまっている。

 

一度Googleで検索してほしい。

カウンセリングは多岐にわたる資格があり、今から「私がカウンセラー」といえば出来るのだ。だから、占いなどを織り交ぜたスピリチュアルなものもカウンセリングと認識されている。

 

本来のカウンセリングというものは、

進んだアドバイスはしない。

患者の盲点だったり、当たり前の考え方と思っている所に対して

「あなたは何でそう思うの?」

と考えさせようとする。

例えば、

「アメちゃんは、なんでそんなに悲しい話をニコニコしながら話すの?」

と言われた。

 

なんでだろう……?

私は現状から打開したい事と、

元々深く考えることが好きなので考えた。

そして、先生の質問を心の中で日常生活を送りながら反芻して、気づきを得ていった。

 

「◯◯した方がいいわよ。」

「◯◯してはいけない。」

そういった、極端なアドバイスはしないが、

私はなんでこうなんだろう?と思う事を聞くと、ぐちゃぐちゃに散らばっているパズルをある程度区分けしてくれるように、頭の中を整頓してくれる。自分の考え方を俯瞰的に見ることができる。

カウンセリングの60分のうちにある程度区分けしてくれた、パズルを自分なりに日常生活を通して正しい位置に置いていき、自分の理解・納得のいくようにピースをはめる。

カウンセリングというものはそういう、ものだ。

 

洗脳でも宗教でもなく、混乱して散らばった考えを一度止まって整理整頓してくれる時間なのだ。

 

ただし、受ける方も、する方も人間だ。

合う合わないがある。そして、付き合いが深い浅いもあるので、複数人によるカウンセラーと対話すると混乱が起きるので注意は必要だ。

 

死にたい。

腕を死なない程度に切って、人にみせたくなる。

電車でパニック発作が起きる。

それはなぜ??

そういう、考える場を与えて、一緒に関係値を築きながら伴走してくれるのがカウンセラーだ。

 

死にたい理由を考えて、行き着いた先が、

自分がみようとしなかった、そして何よりみたくなかった地獄絵図だったとする。それと正面から向き合う時期がくる。

それは辛い事だろう、やりたくない事だろう。

そこで元の死にたい方が楽だ。と思い、元の状態に戻ってしまう事を「退行」という。

カウンセリングが辛く、しんどく、やめてしまう事なのだが、やめてしまうと元どおりで、また自分は出来なかった。とより乗り越えるのが困難になる。カウンセリングすら受ける気分がなくなってしまう。

 

だか乗り越えると、光は必ずさす。

投薬治療も勿論必要だ。

でも、それと同じレベルでカウンセリングという治療も必要だ。

 

臨床心理士が行なっている所や、心療内科・精神科医で併設している所に行くとよりより効果だ。

 

ただ、残念なことに心療内科医・精神科医はそこまでカウンセリングの重要さを知らない医者も多い。特に年齢が上で、住宅街にあるところなど特にそうだ。

 

オフィス街にある、予約が取りにくい、若い医者がやっているところが当たりが多い。

 

また、心療内科医もたくさん渡り歩いたので、その事もいつか綴りたい。