わたしはいい子。

アダルトチルドレンの30代独身女の雑記

パニック障害の症状がとても辛かった。①

境界性パーソナリティ障害と心療内科の先生と臨床心理士のカウンセラーの方に言われるまで、気づかなかった。

 

少し気を許して、理解ない友人・仕事場の人・兄弟に話してしまうとこう言われた。

「それって洗脳じゃない?やばいよ!カウンセリングとか~」

「親のせいにこの年齢になってもしてるの?(笑)」

「…って事は私の事も境界性パーソナリティ障害って言ってるの!?ふざけんなよ精神病!!」

 

傷ついた、そして、回復という道に進んでいる足に迷いが出た。

でも彼らは「理解できない健康な人」もしくは「私と同じ苦しみの中にいるけれどうっすら気づいているけれど気づかない様にしている人」の2種類がいた。

 

そういう人たちを私の事を「メンヘラ」「精神病」と差別的に言った。

まるで私は「そっち側の人間じゃないから」って線引きをするように。

 

両親の言ったこと、した事が、私の心の中のパンドラの箱から出てくるとおぞましく、辛かった。でも空けてこの中の気づかないフリをしていた、「怒り」と「悲しみ」を浄化しなければ私は前進できない。

そう思って、色々な身体的な症状と向き合った。

 

そのひとつが「パニック障害」だ。

今現在もお守りとして持っている即効性のある抗不安剤は常にポケットにしのばせている。

 

私は秋が深まる季節に、このまま実家にいられない。

そう思って、心療内科・カウンセリング、両方の先生が推奨する、物理的距離を置くために一人暮らしをする事にした。

 

実家から一人暮らしとなると、家具・家電も揃えなければならない。

未来の一人暮らしを想像するのは楽しかったが、物件探し・引っ越し代などの料金比較や問い合わせのマルチタスクで、仕事以外も脳内はフル稼働だった。

 

自分の好み、自分のお気に入り、自分がどんなのが好きなのか、

そういう事を考えていると楽しいのでついつい夜更かししてしまった。

 

そして、休日は物件の内覧に3.4社くらいの内覧に行く。

不動産屋の営業は嫌いだ。嘘も駆け引きもするし、概算所を出してくれるまでに、どれだけ同じ状況説明をしたか分からない。

 

そんなある日、仕事の帰り道にあった不動産屋に寄って話を聞いてみた。

私がこちらの要望や、状況説明をしている時は普通だったのだが、段々と胸がムカムカしてきた。そして、手のひらを上にして、手首の脈をはかると、まるで全力疾走したような速さで打っている。

「なんだ、この速さ!止まるんじゃないのか…」

そんな気持ちを見ないふりして、その場にい続け不動産屋の説明を聞き続けていたのだが、頭にまるで話が入ってこないし、とにかく席をたって一人になりたかった。

そわそわし、

倒れたらどうしよう、倒れたらどうしよう、倒れたらどうしよう、倒れたらどうしよう、倒れたらどうしよう、倒れたらどうしよう、倒れたらどうしよう、倒れたらどうしよう、倒れたらどうしよう、倒れたらどうしよう、倒れたらどうしよう、倒れたらどうしよう。

頭の中がその気持ちだけになる。

その不安と共に、胸で高速で打っている鼓動をどこに手を充てずとも、伝わってきた。

過呼吸にはなった事がないが、この動悸から逃れるために、同じスピードで呼吸をすると過呼吸も起こりそうになるので、深呼吸を繰り返す。だた、その場にいる事は無理だと思い、不動産屋に言った。

「…すみません、少し気分が悪いので、お手洗い借りていいでしょうか?」

「大丈夫ですか!? 僕が一方的にベラベラ話してしまって…どうぞどうぞ!突き当り右です」

私は猫背になりながら、ターボの様に打つ鼓動と不安感を落ち着かせようと、

一人トイレにこもる。

 

人前では出来ないくらいの、深い呼吸をして、治って。お願い、治ってと祈る。

いい子だから、大丈夫だから、と言い聞かせるが、去っては押し寄せる波の様な、不安感は拭い去る事が出来なかった。

とりあえず、埒があかないので、ひと波去った所で、トイレから出て、

通常稼働をしようとするも、やはりじっと座っていられなかったので、不動産屋に早々と名刺を貰って、外に出る。

 

「自由。ここにいないといけない、がない」

その気持ちと、冬の始まりの寒さが暖房でのぼせた体を少しリフレッシュさせた。

 

家まで徒歩5分。歩けるかな。

そう思いながら、歩いた。信号を渡っている時以外は、心臓の鼓動が出来るだけ早くならないように、去っては戻る不安感も遠く過ぎ去ったのかと少しゆっくり歩いて、実家まで歩く。

最寄駅から、自分の家がこんなに遠いと思ったことがあっただろうか。

 

そのくらいに長く、辛くて不安な道のりだった。

とにかく帰って自分の部屋で静かにしたい、それだけを思いながら、歩き続けた。

 

その時だった。

いつも通る、見慣れた道、小学生の為の英語教室の前でとてつもない不安感に襲われた。目の前がゆがむような眩暈がする。少し収まっていた動悸がまた、襲ってきた。歩く事はやめないで、進もうとしたが、そこで無理をしたのがいけなかった。

息が荒くなり、

「もうどうにかなってしまう、ここで倒れてしまったらどうしよう、助けて!助けて!!助けて!!!」

と未だかつてない焦燥感と不安感に飲み込まれそうになる。

 

顔は歪み、歩く足も止めるしかない。このソワソワはどうすれば治るの!?

助けて!私はスマホで最初はsafariを開いて「パニック障害」と検索した。いてもたってもいられない時にスマホにうつる小さな文字が全く頭に入らない。

 

でもこのまま倒れたら、迷惑かけてしまう!死んでしまう!救急車を呼んでもいいのか…どこに連絡したらいいのか…safariに「パニック発作 救急」などと入力し、

震えた指先で必死にどうにかしようと頭をフル稼働する。「何もしない事、落ち着く事」ができなかった、とにかくソワソワして、動いていないと落ち着かなかった。

 

そんな私はあまりにも辛かったのか、歩道で膝をついて、スマホをいじっていた。

私、膝をついてる。立ち上がろう。そう思って、立ち上がり、人通りの少ない道でボーット立っていた。頭は使おうとするが使えない。

そんな時、不安の波はひいていき、強い焦燥感と、死んでしまうという気持ちも薄らいだ。鼓動もまだ少し早いが、全力疾走している鼓動の速さはなくなった。

 

「なに、これ…すっごくしんどかった、死ぬと思った。」

小さな声で呟いた。

 

芸能人などがテレビで取り上げられたりしているので、パニック障害の事は何となく知っていた。

今、振り返ると小学校の時も何度か小さく発作を起こしていた。

一度小学生5年生の時に、従姉妹が来ている実家でなり、「お母さん、何かしんどいの、しんどい、しんどい。」と言ったが母はもてなしで忙しく、軽くあしらわれて、無視された。

そんな、悲しい思い出もよみがえってきた。あれはパニック発作だったんだ。

 

通り雨の様な感じで発作はなくなり、家に着いて、自室にこもった。

 

この発作がきっかけで、何度もパニック発作を繰り返すようになる。

人生最大の発作と、回復の話はまた今度。