わたしはいい子。

アダルトチルドレンの30代独身女の雑記

3年ほどカウンセリングを受けていたのですが終了です

今月、カウンセリングが終わります。

理由は先生が定年退職されるからです。

 

いのちの電話で紹介してもらった「女性の相談センター」

誰に相談しても呆れたように「別れなよ」。もう誰にも話さなくなり、誰かといる時は笑顔を心がけて、ちゃんと笑えているか動悸がした。そんな中で酷い暴言を吐かれて、彼が過呼吸になるほど「出ていけーーーー!!!」と叫びだしたので、私は涙も枯れ果てて、電車に乗っていた。死んだ方が色々考えなくてすむかも。しんどい。

今、大地震が起きてもわたしは幸せかもしれない、この線路の下に行けば違う世界にいけるのかな。

そんな事を考えながら家に帰り、1階から聞こえる家族の談笑が2階の自室まで聞こえる。逆に辛かった。泣きたくてももう悲しいを通り越して涙も出ないので、一人真っ暗な部屋でうずくまっていた。

ネットーサーフォンで「自殺」と検索すると、出てきたいのちの電話。そこに、電話をかけた。そこで辛い事を吐き出して、女性の相談センターを紹介され、初めてカウンセリングを受けた。叱咤激励されるのか、何なのかも知らず、何かにすがりたくて、心で大きな声で「助けて!」と言う声がして、その声の気持ちのままに行動した。

 

モラハラ彼氏の複雑な感情に寄り添ってくれた

初めて会った先生は初老のまさに私の親と同じくらいの女性。優しい笑顔の中には目の奥はどんな情報でもキャッチしようとする洞察力が垣間見えた。先生は私と彼氏の陥っている構造を教えてくれた。そして、私の悲しみに寄り添ってくれた。「悲しいね」「それは酷いね」「ひとりで抱えて辛かったね」「アメちゃんなら、まだ若いから必ず幸せになれる」

客観的に自分の悪循環や原因を教示してくれ、そして私の存在を肯定してくれた。

この時は本当の自分の言葉が話せる。そんな、安息の場所だった。

別れて、戻って、別れて、戻って。先生に寄り添ってもらってからも何度繰り返しただろうか。彼の要求は段々大きくなり、最後は「お前の楽しく働いて軌道にのってきた仕事をやめろ!それならより戻りてやる。」と言われた。私はやっとあきらめきれた。

それから喪失感、悲しみ、環境の変化、依存の克服、怒り、憎悪を乗り越えて彼の事が無関心になれた。1年辛かった。私ひとりじゃ無理だった。先生が、「ゆっくりでいいから。焦らないで。きっと良くなるからね」と言ってくれたおかげだ。

 

モラハラ男と共依存してしまった原因を解き明かす

次の1年からは私の境界性パーソナリティ障害についてだった。「何故そうなったか?」

仲の良いお母さんと頑張って働いてくれる少し仲の悪いお父さんの事を悪く思う事は最初は全くもって受け入れられなかった。でも、先生の言うポイントに意識して、家族と生活していると、私は家族の中では我慢する役割だった。そういえばずっとそうだった。「おねえちゃんでしょ」「学校に絶対いきなさい!体裁よくして。」「アメはこれが好きだよね、そうだよね」

そういえば、友達でも、会社でもそういう役割だった。いじられキャラと思っていたけれど、私は家族に、友達に、会社の人に嘲笑されたり見下される発言で今までとても悲しかったんだ。でも、その感情を無視して心の奥底に溜めて30年過ごしてきた。私はとても辛かったんだ。だから自律神経が乱れたり、パニック発作が起こったり、すぐにお腹をこわす。姉と旅行に行ったときにも昔の彼氏と旅行に行った時も言われた。「アンタはすぐにしんどいと言って、旅行全然楽しくない。せっかく来たのに全然したい事できないね。」人より全然食べれなかった。いつも胃がムカムカしていた。

時間はとてもかかったが、心身症として私は魂が叫んで泣いていた、怒っていたのにやっと気づけた。

 

つらかった好転反応

気づいたというのは、真実と向き合う事。子供のころから見て見ぬふりしてきた、あまりにも酷い真実と向き合った時はあまりにも酷かった。カウンセリングは癒されるものと思っていたので、こんなに真実を受け止めて、実家にいるとパニック発作が起こり、対人恐怖で人混みがより苦手になり、頻繁に起きるパニック発作と過敏性腸症候群で、QOLは今まで以上に下がり、食事もさらに食べたくない。一応生きるために口無理やり押し込むが、みんなが「おいしい、食べたい」というすごく基本的な感情に共感できないので、とても辛いとさらに気づいて辛かった。

先生は「今、アメちゃんは産道でよっこいせ!よっこいせ!って頑張ってるんだよ。」「アメちゃんなら乗り越えれるから、絶対良くなるから、気づいてしまった人の宿命だけど、きっと今より自分らしく暮らせるから」と励ましてくれた。

先生と対面で話すことにも吐き気が起こるようになった。(もちろん会社でも、家族でも人と話す事で吐き気を起こした)

私は先生に言った「先生…。私、もうしんどいんです。もう辛い。」

化粧も何もできる気力もないけれど、答えを見出しにカウンセリングには足を運んだ。

「前はまるで自分に起きた事じゃないように悲しいエピソードを笑いながら話していたのに、悲しい顔出来る様になったので、アメちゃんの本当の心でしている顔だね、進んだからできた事だよ、よく頑張ってる。えらいね。」

私は、それから先生に心理学の事を沢山聞聞いた。先生のしている方法は精神分析的関係論という種類らしい。他にも色々あるらしい。私はふりかえると、この3年、とても成長できた。まだまだ休息は要しているが、ご飯がおいしくて、普通に食べれるようになった。ご飯がおいしいって生きてて楽しい。健康的な体重になってしまったけれど、3年で色んなモヤつきの答えを見いだせた。もちろん先生と私の相性や、私が考えるのが好きだからというのもある。

 

最後、どんな顔をして会えばいいんだろう

無料でこんなに大きな治療を行ってくれた。はびこる心理職の種類も調べて、先生は一番権威のある臨床心理士というものらしい。素晴らしい仕事で、私もなりたいと思った。

来週、最後に会う時に限られた時間で何を話して、私の伝えたい事をまとめたいけれど、まだ何が適切かわかっていない。

 

でも先生は私の産まれ直しのお母さんだ。それは死ぬまで変わらない。