わたしはいい子。

アダルトチルドレンの30代独身女の雑記

映画「シェイプ・オブ・ウォーター」が好きな理由

映画の紹介っちゃ紹介です

2018年のアカデミー賞作品賞を受賞したこの作品。アカデミーの作品賞って最も栄誉ある賞なので、発表が最後なのですね。2017年はLGBTをテーマにした「ムーンライト」が受賞しました。

体裁ばかり気にする島国人なので、多様性というものを受け入れにくい気質の日本人でさえも大体の方々が、センシティブながらもLGBTという言葉は聞いたことがあるみたいです。

そんな「シェイプ・オブ・ウォーター」は生き辛さを抱えている人にとっては心に寄り添ってくれるような作品です。

ファンタジックであり、音楽が美しく、しかし女性のオナニーシーンという超絶リアルな描写もある作品。

私の主観ではありますが、ネタバレしない程度にご紹介します。

簡単なあらすじ

1962年の冷戦下のアメリカが舞台。
聴覚はあるが、発話ができない中年女性イライザはアパートで独り暮らしをし、宇宙研究センターで清掃員をしながら平穏ではあるが、孤独な生活を送っている。
ある日、研究所に「半魚人」が運ばれてくる。イライザは人間とは異なる異形の存在だが興味を示す。
研究員の目を盗んでは、手話で意思疎通をはかり、お互いに好意的な印象を持ち、関係が深っていく。
そんな中で、半魚人を処分する事に研究所では話が運び、イライザは彼の救出を目論むが…。

登場人物はさみしい人だらけ

主人公の女性もゲイの友人はいるが、「家族」というものは描かれていない。彼女が毎朝入浴する時に自慰をするのだが、やはり映像になると刺激が強くて、「寂しさ」が伝わる。

イライザのゲイの友人であるジャイルズの存在もまた切なく、いとおしく感じる。

半魚人も研究員から痛々しい実験などされ、アマゾンで捕獲され、急な環境の変化で戸惑い、孤独だ。

大人向けの18禁の映画にしては勧善懲悪である。

なぜかというと相反する、敵である研究所で働くストリックランドは富も地位もあり、妻子がいる幸せな家庭を持つステータス的にはとても幸せに見える。しかしその“良さ”は全く伝わってこない。

登場人物の子供のころのエピソードが深堀りはされないが、心の貧しさはヒシヒシと伝わってきた。

生き辛さを感じている人は元気づけられる気がする。(リア充にひびくのかな笑)

「まるで私か。」と思ったくらい、イライザの生活は地味だ。

妙齢で恋をしたい気持ちはあるが、孤独な印象を受ける彼女が、半魚人の存在が彼女の生活する上での楽しみになり、赤いハイヒールで出勤する。

そして、可愛くステップを踏んだり、帰りのバスでは恋焦がれる表情で窓の外をみる。地味な彼女が段々とっても可愛らしく見えてくる不思議。

男性不振の私だがこの映画の彼女の楽しそうな雰囲気で「また恋とかしてみたいな。」と思えた。

 

言葉で功名な組み合わせを作り、着飾る事は簡単だ。

イライザと半魚人には言葉は話せない。手話というハンデを持つ人が使う手法を二人だけの共通点でコミュニケーションを取っていく。そして、お互いの良い感情が深まる。

 

そして、敵のステータス的には完璧なストリックランドが悪く描かれていて、なんだか妙に納得がいく。「それが正解じゃないよ」ってメッセージが込められてる気がする。

イライザは低所得者だし妙齢で独身、半魚人なんか人間かもさだかではない。

ステータスの良さや見た目の麗しさで判断するものではないし、固定観念や体裁を気にするなっていう様な多様性に対してエールを送るメッセージ性が心に響く。

 

監督・脚本・原案を手掛けたギレルモ・デル・トロについて

彼の映画がどれも好きである。有名なものでいえば「パシフィック・リム」だ。

ジャパニーズライクで、映像美をつきつめ、クリチャーの造形がどの作品も素晴らしい。

そして彼の監督作品に一貫して共通しているのが、孤児だったり、機能不全家庭な事だ。パシフィック・リム以前のものは子供が主役のものが非常に多い。

 

元々私自身、彼の手掛ける映画が好きでよく観ていた。

最近になってようやく分かったのだが、自分が機能不全家庭と自覚していない時から、虐待やアダルトチルドレンなどがテーマであったり、描かれている物語を好んで観たり、読んだりしていた。

アートは自身の心を映す鏡という事でアートセラピーなどがあるが、確かに心を映し出す。

きっとデルトロも幼い時のエピソードでこういった作品をつくるエネルギーとして昇華しているのか、と勝手に思っている。

映像美もさながら、彼の創造する哀愁漂うクリチャーや不幸せなこどもたちに魅入ってしまう。

映像美とリアリティ

水中での愛の交わし方と音楽がとても美しい。それに反して、リアルも忠実に再現する。

この作品はR-18指定であったが、アカデミー受賞作という事もあり、上映時はR15指定で性交渉している局部だけボカシがいれられた。

イライザの寂しさをあらわす毎朝日課の自慰行為、そして完璧な幸せな家庭で行われるストリックランドの妻との荒々しい性交渉。

心地いいものだけを見るのではなく、クローズドな場面での描写もちゃんと表現するという、人間らしさから見える、その人らしさの様なものがリアルである。

綺麗なものだけみたい。汚いものや不適切なものは見ないフリ。そういう事もやめていこうよ。そういった印象が私には伝わった。

そして、自分の中の邦画への興味のなさを自覚した。

ギレルモ・デル・トロの作品にこめた想い

この作品はデルトロが半魚人はいつも可哀想なめにばかり遭うので、幸せにしてやりたかったらしい。人種差別や多様性への偏見へのアンチのメッセージもあるが、やはりクリチャー好きのデルトロだ。

彼の熱い想いと彼の心の奥底にある、幼い時の心の寂しさが伝わってくる。

いつまでもこの作風を貫いて、これからも沢山の映像美とクリチャーへの偏愛、孤児へのこだわりをみせてほしい。

彼の手掛けたほかの作品はこちら