わたしはいい子。

アダルトチルドレンの30代独身女の雑記

親や大人の嘲笑が子供につける大きな傷

こんばんは。

 

遡って、小さな時の事を思い出しました。

去年、今年と思い出を反芻する事がおおこったのですが、私の魂は何によって傷つけられて殺されたのかな。

 

そう思って、相関図を描いてみました。

真ん中には私と私の特徴、エピソード。

両親・兄弟の特徴やエピソード、私がどう思ってるか、何を言われたか。

 

叩かれた回数は「普通くらい」だけれど、

言葉の傷つけは毎日のように行われていました。

「お前には無理」

「お前は何をやってもなにも続かない」

「生まれた時から神経質で泣いてばかり」

「金のかかる子供だ」

「嫌いなものでも食べなさい」

「俺はこんなに嫌な事があっても頑張って会社に行ってるぞ、誰のためや思う?」

 

そんな言い返しもし難い事を毎日、夕飯の団欒の時に父に言われた。毎日のご飯と一緒に私はそれも吸収した。

 

そして、母が庇ってくれるわけではない。その場では何も言わない。隠れて父の愚痴、父の親戚の愚痴を言う。

 

そして、母は本気が嫌いだった。

本気で怒ったり、訴えたら、すかさず、

「びえ〜〜〜ん!私だって我慢してるのに〜うわぁ〜〜あ〜だって〜あっはっは笑!」 

と、まじめに取り合ってくれることなどほとんどなかった、あったかもしれないが、ここぞと言う時はいつも裏切られた様な気持ちになった。

 

入浴中に風呂場の前の洗面台に立たないで!と何度言っても、怒っても、やめない父。

それを母に訴えても「お父さんは女兄弟で育ったからあまり、分からないのよ。」と擁護する。

みたいわけでは多分ないが、自分のペースが思春期の子供の訴えより大切なのだ。

 

私はファミリーカーストの中の1番下だった。

私に何を言っても、何をしても、怒らない。怒っても怖くない。そんな存在だった。

 

当然、社会関係は家族関係をトレースするので、私は家族以外の社会に出ても同じような扱いだ。

いじられキャラなのか、いじめられキャラなのか分からなかった。

でも、無視されるより、嫌な事を言われるより笑ってれば害がないなら、それで良かった。

私は自分の守り方がそれしか思い浮かばなかった。

 

私は弱くて、怒らなくて、大人しい子と思っていたから。

 

思春期まで、たっぷりとバカにしてタコとかブスとかバカとか言われてきた私は誰よりもなによりも自分に自信がない人間になっていた。

 

両親は今尚、孫にそういった対応をする。

でも彼らの愛の表現なんだろう。

 

彼らはそれしか知らない。

そしてまた、彼らもそうやって育ったから、今こそ下が出来た!と思ってマウンティングして、うさばらししているのだろう。

 

無意識に。

無意識にこれだけ傷つけたツケは大きいと共に、私はそれでも彼らを許した。

死んでもなお、人間としての徳がなく視野が狭い彼らに一時期に腹を立てても、怒る気力さえもったいないから。

 

だから私は私の母になる。

そうやって、日々自分を癒している。